2012/08/21伊予鉄道大街道電停坊っちゃん列車
この列車で泉州人さんが下車されて、そのままいつもの「懐凪」へ向かったのであった。
いやあ、いつしか「走」に走り始めていた私も、今宵は一対一の中、久しぶりに「鉄」をじっくりと味わうことができ、今夜はもう一度過去の時刻表を読み直すことになるのだろう。
さて、私は明後日、土曜日の代休になっている。一方で、昨夜妻が唐突に「今週末今治に帰省せん?」と言い出した。
私は今度の土曜日は17時15分まで完全出勤である。ただ、かずまるも17時半頃の帰宅のはずだ。全てが許されれば、それから帰省しても問題はない。(つまり、実家帰省が19時を過ぎても・・・という意味)
一方で、8月の月間走行距離300キロに黄色信号が転倒、いや点灯することも事実である。
それを考えると、明後日は最低21・1キロ、できれば25キロ走らねばならなくなる。
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本日(23日)、無事帰阪しました。
但し、関西空港にて同好の方と撮影の後に自宅へと戻りました。
今回も「鉄」談義で大変盛り上がり本当に楽しいひと時を過ごすことができました。
どうもありがとうございました。
ところで話題に上っていた「バス路線」は見つけられましたでしょうか?
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それでは再会を楽しみにしております。
さて、例のバスですが、昭和47年10月の時刻表で確認しました。
「北四国急行線」は、四国急行バスと国鉄バスの共同運行で、1日14往復、所要時間3時間40分、高松駅~松山駅間810円です。
なお、高松駅は「高松駅から50メートル」、松山では「松山市駅~松山駅」のルートとなっておりました。
なにぶん、松山~高知間バス840円、その頃私が乗車したと思われる、特急しおじ52号の特急料金が100円の時代です。
昭和48年4月頃の特急しおじ52号(14系客車)は、岡山で先行する特急しおじ2号(583系)に一瞬追いつくダイヤでした。
ちなみに、その直後の急行山陽4号は岡山駅12時21分、特急はと1号は岡山駅12時35分なのですが、なんと三原まで追い抜けないというダイヤになっております。
なんとも、のどかな時刻表です。