かずまるのblog

元々は「鉄」のブログでしたが、いつしか「ラン」のブログへ移行してしまった「かずまる(大学2年)」の父(55歳)です。

2012年10月

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私に30キロ又は35キロの壁を体験したことのない理由。

それは、多分、序盤からペースを自重していたからだろう。

あと、体脂肪率が高いことから、終盤になってもエネルギー切れを起こすことがなかったのだろう。

それでは元々膝に爆弾を抱えている私には耐えられないから、四重の装備で、軽減に努めているからだろう。

ただ、確かに、1キロ5分10秒で走り始めた昨年頃から、練習後のダメージがだんだんと大きくなってきたことは事実である。

正直なところ、1キロ5分30秒で走っていた頃が楽しかったとは思う。

が、この大マラソンブームの中、今は3時間30分を切り、とりあえず(次回以降あるのかどうかはわからないが)シード権を獲得したいと考えている。

そうすれば、しばらくの間はマラソンを楽しむことができるのではないか?

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マラソンを走るうえで立ちふさがるもの、それが30キロの壁又は35キロの壁である。

が、実は私はそれらを一度も経験したことがない。

先日の42・2キロ走こそは壁があるのではないか、と思っていたのだが、前半1時間44分50秒、後半1時間43分40秒で、なおかつ35キロ以降急激にペースが上がった。

これらについて、先ほど「マラソン・30キロ」で検索したところ、面白いサイトを見つけた。(本当は「マラソン・30キロ走」で検索するつもりだったが、間違えたのだ。)

「All About」サイトでマラソンを担当されている「谷中博史氏」については、初マラソンのときに何度も読んだのだが、この「30キロの壁を突破する下り坂トレーニング」で興味のあるものを見つけたのだ。

30キロの壁の三大原因として、(1)エネルギー切れ、(2)ペース配分の誤りと脱水、(3)ショックに耐えられない

このうち、(2)については、とりあえず私の信条である前半のペースを抑えるということであろう。脱水についても、愛媛マラソンを走る限りは、むしろ給水ポイントが多いと思えるくらいで、特に雨中だった第48回大会なぞ、42キロ走って0・3キロしか体重が減らなかったということがあった。

次に(3)であるが、これが今回のコラムのメインである。要するに、30キロ以降は下半身のダメージが大きくなるということである。これは、30キロ走ってからでないとトレーニングできないが、それを手っ取りく体験するのが、下り坂ランだということである。

が、膝に爆弾を抱えている私にできることではない。

ただ、ひとついえるのは、3年前の12月上旬、愛媛マラソン募集締切直前、当時の上司であったマラソンの師匠にエントリーを勧められ、「(確か月曜日が締切だったため)金曜日に休暇をいただき、35キロ試走してみたいのですが」と申し出て「休暇を認める。良い返事を待っている」という「私がマラソンの世界へとっぷりと浸かることになった伝説(?)の会話」を受け、実際に走ったとき、30キロ以降(実際には平田の坂の下り以降)、一歩一歩身長が縮むかのような苦しみを味わった。(もっとも、ペースそのものは、これまた急激にペースアップしていた。苦しいのにペースを落とす力もないという体験をしたのだ。)

これは、現在では、試走時でさえ、膝を中心に念入りにテーピングをし、膝サポータをして、膝用軟性コルセット、さらに冬場はスパッツで膝を圧迫固定する、ということで、先日の42・2キロなどもそれなりに乗り切れているのではないか?と言う気がしないでもない。

そして、今日のハイライト!(1)である。

「エネルギー切れを考えると、体脂肪や内臓脂肪の人ほど長距離向きである、が、実際には体重がある人ほど長距離は不得手である」という旨の記述がある。

そういえば、女性の方が後半の失速が少ない傾向にあるという話は聞いたことがある。(前半飛ばした方は知らん!)

その意味では、実は身長173センチ、体重68キロ、体脂肪率16程度、BMI指数22はある私は、マラソンを走るうえでは、もちろん肥満体の部類にはいるのだろうが、ひょっとして、これが後半の失速を防ぐ役割をしているのかしらん。

1キロ減量すれば、3分タイム記録を更新することができるという「暗黙の了解」がマラソンにはある。しかも、筑波大の鍋倉教授によると、40歳代(あ、私は外れてしまった・・・)ならば3分どころか、最大9分短縮できる、と述べられている。

だが、この体重によって、実は私の後半のペースアップの原動力だったのか?と思うと笑わずにはいられない自分があった。

じゃ、とりあえず1キロだけ減量しようか?

どーせ、フルマラソン、あと30秒短縮したらいいだけだし。

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(40キロ)川を挟んで左手に増田病院のある交差点内にある。

毎年、このあたりでプロカメラマン(販売用)が撮影しているから、いい顔をしよう。

あと2キロ地点を過ぎると、まもなく本町の片側3車線の大通りへと戻ってくる。

なお、本町6丁目電停の伊予鉄道の踏切は(往路も)マットを敷いて転倒等の防止をしている。往路の場合は集団の中で下が見えないということもなくはないが、40キロを過ぎたところでは、一応線路を越える時には注意すること。

(41キロ)本町6丁目消防署の交差点を過ぎ、次の信号を過ぎたところ、自転車販売店手前横断歩道の手前にある。

(あと1キロ)その先0・195キロだが、目安としては、コンビニ(Yショップ)の北端にある。

平和通り(往路右折した交差点)を過ぎると、大体41・5キロ、その先堀が見えてくると、大体あと500メートルとなる。

(42キロ)西堀端、最後の左折路の手前にある。

ちなみに、最後の左折をして堀之内に入ったところは結構上っている。

第49回大会では、6時間制限直前に、ここで足をとられて転倒した女性がいた。

というわけで、全12回にわたる「愛媛マラソンコースガイド」でした。

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実のところ、大腿部前部上下の筋肉痛がある程度で、いわゆる走ることを妨げようとするような後遺症というような症状はほとんどない。

ほとんどないというだけで、安心してはいけないのだろうが、ストレッチさえしていれば、大丈夫だろう。

これは実に朗報だ。もっとも、試走した時期が早かったということもあるかもしれない。

さて、この図は(2013練)先日の42・2キロ試走の5キロごとのタイムである。

「2012練」は昨年11月30日の42・2キロ試走(コースは今回の試走と全く同じ)、「2012」は第50回愛媛マラソンをさす。

ちなみに、試走は当然ながら、トイレ等ロスタイムも除くネットタイムであり、第50回大会では最初の5キロまでにトイレロスタイム60秒が入っている。

これで判ることは、試走時はいずれも35キロから急激にペースが上がっている。ということは、平田の坂の上りから別体力で上り、下りに入ってからそのままのペースで走ったということでもある。

一方で、往復ともにトンネル区間ではペースが上がらないのに、大会では少しではあるがペースが上がっている。これは、ひょっとすると、試走時はトンネル内が暗くてペースがつかめにくいのに対し、大会ではトンネル内をめいいっぱい明るくしているということもあるのだろうか。

いずれにしても、一昨日の42・2キロ走は、目標値に10~20秒届かず、ゴール後は疲労もあってショックを受けたものだが、時間がたつにつれて、あと1分くらいは記録向上できるだろうという気持ちの方が強くなってきた。

いずれにしても、故障だけは気をつけよう。

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2012/10/28予讃線三津浜~伊予和気間556M

昨日の42・2キロ試走のダメージは相当のものであったが、さしあたり、走行に赤信号を灯すような状況ではなかった。

つまり、膝や足首等は問題ないようであったのがなによりだ。

とはいえ、朝、昨夜早寝したかずまるを6時たたき起こして部活までの1時間勉強させ、部活に出かけた後は2時間ほど2度寝、さらに昼食後も1時間ほど昼寝という異常事態の中で、さしあたり、今日11キロ走って、月間走行距離300キロ超として、あと3日間楽をしようと思い立つ。

で、26M補足で16時05分に出撃、だが、少々出撃時刻が早かったのか、ダイヤが少々遅れ気味だったのかは知らないが、1本前の列車(556M)が通過したところで、26M撮影は諦める。

その結果は5キロ24分20秒、10キロ48分40秒で、ゴール11キロは53分10秒であった。

さて、昨日の42・2キロ試走だが、今日「マイアシックス」サイトに登録したところ、3ヶ月後の大会は3時間25分も可能です、という暖かいお言葉(単に数値計測)をいただいた。

が、よく考えると、その域に達しようとすると、1キロ4分50秒が必要となる。

昨日、前半は1キロ4分55秒さえ無理だった状況で4分50秒というペースで走ることができるかい!

とは思うのだが、よく考えてみると、昨年も当初の今頃(厳密には11月末)は1キロ5分20秒を目標としていのが、最終的には1キロ5分10秒で走りきることができた。

本番までまだ3ヶ月以上あることを考えると、今後の練習次第では1キロ4分50秒で押し通すことも不可能ではないのだろうか。

とりあえず、昨日の反省として、隔週で25キロ走は1キロ4分50秒を、30キロ走は4分55秒を目標に走れたら・・・と思う。

が、先の「マイアシックス」で示された私用のトレーニングメニューであるが、「ハード」を選んだにもかかわらず、それでいいのか?という非常に緩いメニューなのだ。

一方で「ランナーズ」を見ていると、「1ヶ月で30キロ走を2回以上しているか?」などという「え、2回以上?(この「以上」に驚愕)」表記に唖然とした直後だけに、うーんと思ってしまう。

ま、今のところ体調は順調のようなので、体を壊さないようにがんばろうか。

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2012/10/27予讃線光洋台~粟井間22D

ロールパンナがおりませんな。

さて、今日は色々と悩んだ結果、結局42・2キロ試走してしまった。

その結果は、3時間28分30秒!目標タイムにあと10秒届かず!

つまり、グロスロスタイム40~50秒にトイレロスタイム60秒を加えると、3時間30分10~20秒になるということである。

ま、本番だったら、先日の今治シティマラソンのラスト200メートルを阿修羅の如き様相でスパートかけたら何とかなるのではないか?

今日はあくまで練習なのだから、そんなことをしたら明日の練習ができなくなるから、ラストスパートをしなかったのだ!

第一、本番までまだ3ヶ月以上あるし・・・わはは!!

まだ3ヶ月もあるんだ!ゴール直後にショックを受けて損した!

昨日、愛媛マラソン最後の抽選の結果が送付された。だからと言うわけでもないが、あの日の苦痛はできることなら味わいたくない。だから、私にシード権獲得の資格はあるのか?それをどうしても試したくて、先日のブログより前倒しで今日観光、いや敢行してきた。(そんな悠長なもんじゃなかったぞ!)

22Dをこの場所確保を計算して、13時28分に出撃。気温は22度だが、いまにも雨が降りそうな天気は、多分暑さで失速することはもうないだろう。

その結果を一挙公表!

5キロ25分00秒:これは8キロからの平田の坂を考えるとあまりにも遅い。だが、体にロックがかかったようにペースが上がらない。

7キロ34分55秒:ペースは全く上がらないまま、平田の坂を迎える。あるいは、今日は42キロ走るぞということを体が察知しているのかも知れないと考える。後半のペースダウンを考えるとひょっして、私の体にはコンピュータでも内臓、いや内蔵されているのか、とニヤリとしたり。(本当に内蔵されているならその場所は内臓だ。そういえば、今日009リ・サイボーグが公開されたっけ)

8キロ40分05秒:今日は1キロ5分を超えるようだったら、30キロ走に短縮するつもりでもいたが、ここは上り坂と言うことでもう少し様子を見る。

10キロ50分00秒(5-10は25分00秒):ここから例のペースダウンするトンネル区間なのだが大丈夫か?

12キロ59分55秒:トラさんは今日もいた。

15キロ1時間14分30秒(10-15は24分30秒):この粟井あたりの平原は、前回愛媛マラソン練習や本番でもペースが上がるところ。これで、今日は目標に達すると思った私は甘かった。

18キロ1時間29分10秒:ちょいと騒がせている三浦工業の付近にパトカーが多かったような気がする。この付近のコンビニでトイレ休憩と、森永ウィダー購入、その時間は含めていない。

20キロ1時間39分20秒(15-20は24分50秒):18キロまでは快調なペースだったのだが、立岩川に入ったあたりでやはりペースは落ちる。だが、昨年も試走時とはペースダウンしたものの、本番では最高ペースを刻んだ区間だと言いきかせながら走る。

中間点1時間44分50秒:実に悩ましいペース。今日の題名は「42・2キロ試走は目標に届かず!」かな?

25キロ2時間04分25秒(20-25は25分05秒):22キロ以降の坂で1キロ4分45秒だったものの、そもそも20-21キロに5分05秒もかかったらこうなる。というより、前々回の愛媛マラソンではこの区間で異常なまでのペースアップをしたのは何だったのだろう。

27キロ2時間14分05秒:24~25キロの第2折返区間は実際よりも勾配がきつく感じられる。これは立岩川とは逆だ。もっとも、立岩川では毎度ペースが上がらないけど。で、この2キロは1キロ4分50秒で走っている。ちょいと安心?

30キロ2時間29分05秒(25-30は24分40秒):れれ・・・27キロ以降全くペースが上がっていない。

31キロ2時間34分00秒:31キロにしてようやく1分の貯金ができた。だが、このうち50秒は42キロ以降の0・195キロに使われる。ちなみに、まもなく13Mが通過するため、一時はデジカメを取り出して走っていたが、やってくる気配はないし、「鉄」の私も、そっち方面への関心を持つ余裕もないようだ。もう知ったこっちゃないとデジカメを元に戻す。35キロの壁はどうなのか?

34キロ2時間49分05秒:トンネル区間は過ぎたものの、これで復路平田の坂でどうなるのか?一方で、この残り体力を考えると35キロ以降ペースが急降下することはあるまいとも思う。最初の5キロでロックのかかったような5キロ25分00秒、ひょっとすると私の体には制御機構でも内蔵されているのか?

35キロ2時間54分05秒(30-35は25分00秒):その先にある平田の坂を考えると不安だらけだが、この区間だけは別体力を使おう。それを考えたペースで走っていたはずだ。

36キロ2時間59分10秒(平田の坂の上):とりあえず、想定内か?それにしても、パトカーの多いこと。

37キロ3時間03分40秒(平田の坂の下):ペースが上がったのはいいが、これは上がりすぎだ。あと5キロ持つのか?

38キロ3時間08分30秒(志摩整形外科前)、39キロ3時間13分20秒(谷町交差点で愛媛マラソンコースをはずれ、いつもの調整コース)

40キロ3時間18分10秒(35-40は24分05秒):このペースアップは喜んでよいのか、悪いのか?

41キロ3時間22分55秒で、ゴール42・2キロは3時間28分30秒。

これに、グロス・ロスタイム40秒とトイレロスタイム60秒を加えると、3時間30分10秒という結果となる。

うーん、終盤のペースアップを考えると、序盤の自重は正解だったのだろうが、今日だけの結果を考えると、これがもし本番だったら、あと10秒の攻防を考えると、本当に最後の1キロは地獄だったのだろうな?そして、結果的に地獄が待っていた確率も高いのだろうな、と言う気がする。

ただ、まだ今日は本番ではない。

昨年の場合は11月30日に42・2キロ試走を3時間49分50秒だったのが、本番のネットタイムでは3時間40分を切れた。

それを考えると、今日の試走は今後の練習に関しても精神的プラスになるのだ!と考えることにしよう。

松山市内の企業で青酸カリウムのことで新聞ざたになっている。

この企業は、私が徳島大学在籍中(昭和60年3月卒業)のとき、社長が徳島大学卒業だったと聞いている。

ちなみに、私は徳島大学工学部化学工学科化学反応工学講座出身である。

この化学工学科というのは、多分元々その場所に工学部薬学科があったのが、医学部のある蔵本に移転したためにつくられたものと聞いている。

というわけで、4年生のときは毎日のように青酸ナトリウムとお付き合いをしていた。

だから、ある程度のことは理解できる。

この青酸物質であるが、学生当時、教授が元々戦時中に青酸を利用した化学兵器開発をしていたと聞いている。

が、この青酸物質、実は我々、つまりアミノ酸の化学反応では欠かせないものなのだ。

私は青酸ナトリウムを扱っていたが、これに酸(危ないから一応酢酸)で反応させ、ピリディン(これが卒倒するくらい臭かった)で反応させることにより、加水分解により(私の場合は)アラニンの結合や加水分解をしていたものだ。

この結合等は、化学の世界では、特に意味がなくても良い。

これが、何らかの世界に、役に立つ、あるいは害になる世界が、薬学(つまり妻の本業ですな)なのだと今でも信じている。

だから、私は大学の卒論で、当時誰もしたことのない、化学結合を完成させ、当時の教授が助手に「すぐに学会に発表せよ」と怒鳴ったことを今でも思い出す。

そして、H君の結婚式で招かれたその助手の先生が、私を見るなり「君の時代が良かった」とおっしゃられたことが記憶によみがえる。

その当時の教授は既に他界され、助手の先生は教授として活躍され、昨年退官された。

時代を流れを感じるニュースでもあった。

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