かずまるのblog

元々は「鉄」のブログでしたが、いつしか「ラン」のブログへ移行してしまった「かずまる(大学1年)」の父(55歳)です。

2013年09月

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2013/09/29予讃線堀江~伊予和気間13M

過去4回のフルマラソンの記録は次のとおりである。いずれも愛媛マラソンである。前から大会回数、前半ネットタイム、後半タイム、タイムアップ時間(ダウンした場合は△)をさす。

48回、2:04:57、1:54:11、0:10:46

49回、1:59:10、1:55:37、0:03:33

50回、1:51:08、1:49:13、0:01:04

51回、1:44:21、1:44:45、△0:00:24

このうち、前2回は7キロ過ぎ、後2回は4キロ過ぎでトイレに行っており、ロスタイムは前3回が約60秒、前回は約40秒である。

つまり、私の過去4回の大会実績を見る限り、今まで「私は後半にペースを上げる」という考え方はある意味適切ではなく、「フルマラソン全体に見て、フルフラット走行している」と考えた方がよさそうだということに、最近になって気づいた。

というのも、初マラソンはペース配分を誤ったから仕方ないとして、2回目のマラソンの後半が初マラソンのそれより遅いというのはいただけない。

さらに、3回目のマラソンは、前半と後半のタイム差はわずか4秒程度だ。

4回目はもう、ふれないでおこう。

次回フルマラソンの目標は、「ペースは前回並み。そして、終盤ペースを上げて、グロスタイム3時間25分をめざす。」なのだが、これは軌道修正しなければならないかもしれないと思っている。

というのは、ここへきて、やはりと言うか、体力の限界点に近づいているような気がする。夏以降今までのような、終盤猛烈なスパートが期待できない。

というより、最近のハーフマラソン練習では、序盤から(最近スピードがないのに)キロ4分40秒でつっこむ練習をしている。だから、終盤ペースが上がらないのか?それとも、序盤はもっとゆとりを持たせ、終盤ペースアップするのが良いのか?まあ、ハーフマラソン程度なら前者で良いだろうと思ってはいる。

2週間後のハーフマラソン大会後は、いよいよフルマラソンの練習が待っているわけだが、夏の練習は裏切らないという言葉は、今年8月に負傷し、8月月間走行距離が昨年より100キロ少ない200キロだったというところに、不安がある。

まあ、次回フルマラソンの当初目標記録は、今月末あたりに設定したのでよいか?ただ、私のフルマラソンペースは大会出場が年1回で、その6週間以上前に一度だけ42・2キロ試走をしている。昨年は10月末には既に行っていたというのが、今の体調を考えると信じられないものだ。

矛盾だらけの最終回。

このままでは、古代守最低最悪説が出てくるのは前回述べたとおり。

その他の死角をまとめてみる。ただ、次から次へと後日出てくるかもしれない。

(1)ヤマトから地球が見えて、「地球だ!」というところ・・・それって、月に隠れていただけじゃないか!もっと手前で見えていたはずではないか?

(2)相原通信班長が地球との交信で父親が亡くなったことを知るところ・・・おい、お前、通信を私物化するんじゃない。1974でも前歴があるが、あれはこそこそとやっていたこと。今回堂々とするんじゃない。

(3)森雪が死亡した後の古代進がふらふらと通路をさまよっていて、前からやってきた2人組古代と接触し、古代がそのまま崩れるところ・・・こら!あいさつくらいせよ!

(4)そして、今回のクライマックス:森雪がコスモリバースで生き返るシーン・・・銃撃が直接の原因なのだから、内臓破裂や、神経破壊、骨格破壊、あるいは考えたくないほど外傷がひどい場合はどうなるのだろうか?と思ったのは私だけだろうか?

そういえば、1974を見ていた私の母親が(最初の再放送が昭和50年12月頃だったから、最終回というと昭和51年初頭)「なんで死後硬直しないの?」と言っていたのを思い出す。あの時は、猛毒性の酸欠状態(だったっけ)だから、特に外傷はない。が、あんな高い位置にあったコスモクリーナーの操作席から転落したら、やっぱり外傷損傷はあったはずだ!と子供心に思ったものだ。

2199年頃には解決できることかもしれないし、まあ、これは大人の事情なので、つっこんではいけないのかもしれない。

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2013/09/29予讃線三津浜~伊予和気間24M

今日の最高気温は13時39分の30・8度。9月29~30日に限れば、ここ3年間の最高気温は2010年25・1度、2011年24・7度、2012年23・7度。

冗談ではない。

よくぞ、今治シティマラソンが昨年より1週間、一昨年より2週間遅く開催していただいたものだ。

ちなみに、私は3年前の大会は出場しなかったが、暑さで撃沈した方々が多かったそうだ。

そういうわけで、当初は今日も21・1キロ走る予定だったが、この暑さの中では得るものも少ないだろうと、18キロに縮小。それ以上に気になるのが、右くるぶし外側の違和感と左膝の痛み。

前者は無理をすると、最悪疲労骨折ということになるし、後者は8月8日の自転車転落時の打撲と、それ以来左大腿部前部のストレッチができないことに原因がある。これらは、起床時には違和感があるものの、ガチガチにテーピングをすれば行軍後の違和感はないのが幸いというところ。

コースは8月21日の1時間26分20秒と同じで、この場所で24M補足を狙い、15時13分に出撃。

その記録は、暑さと昨日のダメージもあって、5キロ23分50秒と昨日を下回る。が、和気小から北上する久万川沿いでは、太陽が姿を隠し、むしろ腕が痛いと思うほどの冷気となる。

で、10キロ46分50秒(5-10は23分00秒)とペースが上がり、15キロ1時間09分50秒(10-15は23分00秒)と2週間後の大会の目標タイムを維持。そして、ゴール18キロは1時間23分30秒であった。

暑さと昨日のダメージ、さらに左膝と右足くるぶしの違和感が認められないことを考えると、まずまずというところか。

宇宙戦艦ヤマト2199も終了してしまった。

続編については、無理だと思う一方で、この世界はその気になれば、どこにでも神がいると思っているから、まあ、その意味で期待していようか。

さて、今日の感想。

みごとにご都合主義で終わってしまったと考えている。

だから、大筋で1974の矛盾を無理に設定しようとして、細かな死角を見事に見逃しているとしか言いようがない。

第一、古代守って、そんなに小さい男だったのか?弟のためなら、地球を犠牲にしてもいいと思うような男だったのか?できれば、艦長と古代守で次のようなやりとりをしていただきたかった。

例えば、古代守が沖田の元に現れる。沖田「わしはもうすぐ君の元へいく。コスモリバースの原理はある程度判った。だから、ワシがお前の元へ行くまでに、お前は一度だけお前の奇跡を起こしてやってはくれまいか。」古代守「よろしいのですか。」・・・などというやりとりをしたうえで、放映にあったとおり、古代守「沖田さん、艦をあなたにお返しします」というのであれば理解できる。そうでなければ、あのままだったら、古代守は最低最悪の人物になってしまう。それでは、故広川氏に失礼だと思う。

まあ、シリーズそのものが、ダイジェスト版をみているようで、タッタカタッタカ走るため、それでさえ気に入る暇がないようなテンポだったから、後で見直せば、相当矛盾がでると思う。

だから、当初の大きな矛盾なんて気にする必要ないんだってば!!

さて、その中で、真田副長が「高度に進んだ科学と魔法は同じもの・・・」というようなせりふがあるが、まあ、それ関しては文句を言うまい。

昨年公開された「009・リ・サイボーグ」にしても、正直なところ、結局は001のテレポーテーションだけが物語の根幹であって、それがなければ全てが成り立たない。

009については、石ノ森氏の執筆当初から、近未来戦争という観点から、それが私の青春の一ページとなって、今に至っている。が、冷静に分析すれば、そのほとんどの部分で001の超能力なくしては成り立っていないことも事実であった。だから、とりあえず、近未来としては、いかに科学が発達したところで、この物語の実現性は実際にはないではないか?と悟るまでに、実に40年の歳月が経過したわけである。

だから、コスモクリーナーにしても、コスモリバースにしても、まだあと200年近くあるのだから、そんなに今の段階でチマチマと理屈を述べなくていいのではないか?と思うのは私だけだろうか。

とりあえず、宇宙戦艦ヤマト2199は終了した。

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2013/09/28予讃線堀江~光洋台間26M

今日の21・1キロ行軍で、ようやく今年2度目の月間走行距離300キロ超。

今月最後まで悩まされた気温は、15時(結果的に16時も)26・3度。この時期の平均最高気温が25・6度だから文句を言うわけにはいかないが、先週までが灼熱地獄だっただけに、体がついていけない、しかも風邪気味ということがものすごく不安材料。

今日のコース先週日曜日と同じ21・1キロ。前回は気温32・0度に撃沈した。今日は気温云々よりも、幸いなことに太陽が厚い雲に覆われている。

今日が最後の負荷練習。明日も21・1キロ走る予定だが、今日のダメージで記録は期待できないだろう。だから、今日が最後の記録を望める負荷練習。来週は、大会当日同様の余裕をもった走り方をしなければならない。それが、目標となるペースであるか否かは別として。

そういう圧力があるものの、一方では風邪気味である中、15時47分出撃。

その記録は、5キロ23分30秒、10キロ46分50秒(5-10は23分20秒)、15キロ1時間10分05秒(10-15は23分15秒)、20キロ1時間32分25秒(15-20は22分20秒)で、ゴール21・1キロは1時間37分15秒であった。

目標としては、5キロまでのペースはともかくとして、最低5-10キロと10-15キロの5キロ23分00秒、15-20キロの5キロ22分00秒であるだけに、もう一歩というところか。

まあ、頑張ろう。

ヤマトがバラン星から銀河系側のワープシステムへ突入する時、フラーケンがゲール艦隊へ攻撃をするシーンを順序だてて考えてみる。

まずは、ガミラス本星へ到着するディッツ提督。タラン弟へ「兄上は?」という問いかけにタラン弟は首を横に振る。そして、ディッツ提督の帰還命令に背いた者へフラーケンを派遣した。それがゲール艦隊だ。

が、その段階で、ゲール艦隊が命令に背いた理由が判っていたのかどうかが疑問だ。

(1)背いた理由が判らない・・・フラーケンがケール艦隊と戦闘をする際、ヤマトがワープに入るためすれ違うまで引っ張ったのは、単にヤマトを地球へ戻せというディッツ提督又はヒス副総統の意思だったと考えられる。

が、ゲールはデスラーと通信をしている。それが判らなかったという設定は、私にとってはこれまで不必要と思える位伏線を張ってきた割には、あまりに死角であると考える。

(2)背いた理由がデスラーの命令だと判っていた場合・・・ディッツ提督がタラン弟へ「兄上は?」という問いかけにタラン弟は首を横に振るのは「兄はデスラーの元へ・・・」ということになる。

だったら、フラーケンがヤマトがワープに入るためすれ違うまで引っ張ったのは、デスラーの攻撃があるということが判っていた、つまり、フラーケンはゲールを撃つのが目的で、デスラーがヤマトへ攻撃することは容認した、つまり、それでは「デスラーがヤマトを撃つのは、ガミラス新政権は関与していません。」と言うことになる。

いずれにしても、宇宙戦艦ヤマト2199は1974の大きな死角に対応しようとしたために、結局別の死角を作ってしまったような気がしてならない。

ま、それは、それで楽しめたけど。

あとは、つじつまが合うように、「ヤマト3」まで引っ張って、藪とヤマトを再会させればいいな、と思う。

宇宙戦艦ヤマト2199最終回は明日。

「さらば宇宙戦艦ヤマト」が映画で放映されたのが高校1年生。

同級生G君と今治(彼は波止浜駅からお互い普通列車で)松山までやってきて、最後にドカンとやったときは、お互い口をあんぐりとし、帰りの列車の中で、お互い落ち込んだものだ。

この時、最後に古代が敵に突っ込んでいくときに流れた曲。今でも聴けば心に響く。

それくらい、青春に見た傷は何十年たっても、心に残るということを、創る方々は考えていただきたいと思う。

まあ、考えてはくれないだろうけどね。

ちなみに、その後「ヤマト2」の終盤(2月頃)の情報網。

「おい、ヤマトの続編ができるらしいぞ。」「テレフューチャーと言うらしいぞ。」「ということは、ヤマトは「さらば」では全滅したが、「ヤマト2」では生き残るかもしれないぞ。」

などと、前述のG君や当時最も仲が良かったT君(彼とは「ドカベン」が弁慶高校に負けたとき熱く議論したものだ。)、そして小学校以来の同級生H君(前にフェイスブックで再会した彼・通称委員長)と色々議論したものだ。

で、結局、その「テレフューチャー・宇宙戦艦ヤマト・新たなる旅立ち」は修学旅行中、宿の一室でみんなで肩をつきあわせて見たものだ。

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